「楽学」のアーカイブ

■ はだしのゲンを10巻読んで

はだしのゲンを10巻

はだしのゲンを10巻

ある人からはだしのゲンを読む事を勧められた。
ちょうど、10巻だけあるので、1部を読む事にする。

終戦間近の広島が舞台となっている。

読み進むうちに、広島の原爆の被害が及ぼした影響。
市民全てが大変な被害を受けている。

直撃で亡くなった方、目の前で身内の死を見捨てる選択の悲惨さ、
体が腐って溶けて、それでもすぐには死ねない人の苦しみ。
死にたいと思いながら、苦しみもがきながら生きる壮絶さ。

生きるも死ぬも地獄だったと、本を見ていて辛かった。
愛しい人を目の前で、「ピカ」というものの為に失っていく。
一度だけの苦しみでなく、永続的な苦しみも与えて続けていく。

ゲンの強さや明るさがあるから見ていられる物語であろう。

ゲンの父親の「麦のように踏まれても踏まれても強く生きる」
本当に何が正しくて、何が間違っているのかが失われていた時代。
いつの時代の正しさが本当の正しさだと言えるのだろうか?

お盆を前に広島の方の悲惨な体験は二度と有ってほしくないと、
そんな風に強く思わずにはいられない。

私は50歳になった・・・
戦後に生まれた子供である。
戦争を知らない世代だらけになっているのだと、ふと感じる。

22年前に発刊された本を見ながら、
本とは本当に語り継ぐものなのだと
心から感じた一日となりました。

■ 焼肉食べたい!!

急激にわき起こる大欲求!
焼き肉が食べたい!!仕事を昼で切り上げて、
次男と末っ子と3人で焼肉を食べに行く。 

まあ、食べ放題のいつもの所なので、料金もリーズナブル。
しかし、内容もそれなり、そこそこのモノ。

いつものように、寿司→焼肉→サラダ→麺類→揚げ物→あんみつ→ケーキと
一通りのモノを食べて終了。
おなかいっぱい食べて帰ってくると、睡魔、睡魔・・・

今日は、お弁当を持ち帰って夕飯用として、ひたすら睡魔に身を
任せて夕方から眠っていました。

あれほど食べたかった焼肉なんだけれど・・・・
なんだか、不思議な心の不足感が残る。
なんなんだろう??

息子曰く、
「本当に焼肉が食べたかった訳では無いだろ?」
と、言われるけれど・・・

本当は何をしたかったのだろう???
本当は何が欲しかったのだろう???

■ 満月です。手放しの満月セラピー始めちゃいます。

 

今月の手放したいものは何だろう?
今、一番手放したいもの、困っている事は何だろう?
そんな切り口で満月をすごす。

満月のパワーが人に与える影響って結構ある。
そこで、このパワーのある時に手放したいものを手放す。
手放す事って、物凄くパワーがいると私は思っているから。

まず、出来ていないツールを作成したい。筆マップの整理もしたい。
自分の中で筆ペンを使ったルーツや画像がいっぱいある。
整理するのに、新月までかけて考えてみようかしら・・・。

使わない反物を風呂敷にしちゃおう。
2倍、3倍で作るとやっぱり手縫いで無く、ミシンが欲しいな。
そんな事を思ってしまうので、断捨離ずむ♪になるかしら?

満月セラピー&断捨離ずむ♪を考える楽しい一日です。

でも、土用の丑・・・

うなぎの日かも~♪

土用の丑 美味しそうなうな丼

土用の丑 美味しそうなうな丼

■ 今日は、TOICE試験の日だと分かっていたけれど・・・

マークシート専用の鉛筆

マークシート専用の鉛筆

体のだるさが・・・私を襲う?だるい・・・だるいのは??
と思いながら、今日試験の日。

行く行かない?という決断をしなきゃいけないけれど、
どちらでもいいやと思う。

さて、試験が大切なのか?それとも、来週の日程が大切なのか?
そこを見据えて決断する事にした。
この暑さの中、来週持ちこたえられる事もとても大切である。
連日の暑さの中、体の消耗が激しい気がする。

予定の時間になったので、このまま休むか行くか?
体がNoって言うので、このまま休む事とする。

どうも、丸一日休まないと、一週間持たない・・・
もうちょっと体力をつけたいな。
振り返ると、ちょっと無理すると、こんな事を言っている気がする。

自分の体の中にあるパーソナルクリエーターさんのサインで
前のように何も出来なくなる前に、ちょっと小休止が出来るように
成ってきているかもしれない。

たぶん、1週間に、1イベントが最適なのだろう。
3イベント入れてしまったので、小休止みたいです。
さて、改善点も分かったので、少しずつ出来る事が増えていきます。

名刺、そろそろ、量産したいモードになっています。
虹色のにぎやかな筆ら~名刺です。
せっかくなので、39枚くらいは、今週作れたら良いな~♪

■ 一番受けたい授業を受講♪ 

ココロの授業

ココロの授業

http://hidakazu.naganoblog.jp/e499924.html

ツタヤのDVDも昨日2枚見て、本も読んで(^^)
名刺も3枚だけ作って楽しいセミナーへ行く。

開催者の頑張っての集客が功をそうし、
50名の会場は満員御礼となりました。

私、我武者羅応援団をこよなく大好きな講師の方だと伺い、
ああ、これって、熱いセミナーに違いないと直感。
すぐさま、メールフォームでGo!しちゃいました。

東京でセミナーをたくさん受講している時代に、
この我武者羅応援団に出逢い、その本気の応援に度肝を抜かれ、
いろいろな活動を耳に入れるほど、ほほえましく感じていました。

あ、とうの本人たちは、熱苦しいという表現では物足りないくらい、
本気の汗と応援をまき散らしています。

ふと、3年前のDVDを見たくなって見ていました。
ああ、洗練される前の我武者羅応援団がそこにいます。
ただただ、熱い魂からの叫びがそのままほとばしっていました。

そして、今日、彼らのDVDを購入して帰ってから見る事が楽しみな私です。

我武者羅応援団

我武者羅応援団

講師の先生のお話も凄く楽しくて、やっぱりセミナーはライブに
限りますね。

笑いあり涙あり、彼が学生に対して熱い想いで語っている事が分かります。
就職だけしてほしい訳では無い、君に幸せに成ってほしいんだ!!
可能性のある未来を明るいものにしたい!そんな人です。

「くれない族」のお話をされて居る時に、しもやんの「くれくれお化け」を
思い出して聞いていました。

くれ~くれ~だけ言うお化けちゃん。
信頼してくれ~、買ってくれ~、与えてくれ~、のくれくれお化け
信頼してくれない、買ってくれない、与えてくれない、のくれない族。

与えると与えられる
与えないと与えられないとも言えるのですが、
与えても時間差があって初めて与えてもらえるこの現象、

しもやんは、ブーメランの法則って言っていたな。
ブーメランを投げて帰ってくるまでに時間もかかるけれど、確実に帰ってくる。
投げたブーメランをずっと目で追っている訳では無いから、帰って来た時に
思いがけない所から思いがけないものを連れて帰ってくる事もある。

もともと私の知っているお話が多かった反面、ああ、こんな風に話したら
分かってもらいやすいんだろうなって思いながら聴いていました。
残念ながら、中村文明さんのお話は今回無かったです。

120分に収める場合は、やっぱり本田宗一郎さんのお話ははずせません!
懇親会で、バイクでオーストラリアを走っていたと聞いて、
宗一郎さんの生き方だけでなく、バイクも好きだったんだと分かりました。

懇親会も高岡のとある隠れ家的喫茶店・・・
でも、サラダも、ピザも、パスタもとっても美味しかった~♪
先生の話も、ここだけの話もとても楽しくて時間を忘れていました。

しかしながら、可愛い息子さんがぐずり始めると、我愛猫ジジ君の顔が
急にちらつき、ああ、ジジ君に逢いたいという気持ちがむくむく~!!
その気持ちに負けて。。。先生の先に席をはずしちゃいました。

比田井先生、ごめんなさいね。

それにしても、本当に楽しい一日を過ごさせていただきました。
東京時代を懐かしく思い出しながら・・・・

■ Twitterのお勉強を楽しくしてきました(^^)

遠田幹雄の中小企業診断士ブログ

遠田幹雄の中小企業診断士ブログ

どうも、最初に中級者向けの講座を受けてしまったらしく・・・
ちょっとばかり疎遠になっていたtwitter(ツイッター)さん。

でも、今日のtwitter(ツイッター)講座は初心者向けだったので、
とても楽しかったです。

話の分かりやすさもさることながら、twitとは、「小鳥のさえずり」と
言われて、びっくりでした。つぶやきでは無かったと分かるとかなり
やる気になってきた。

つぶやきって、私の中では、ぶつぶつ唯ひとりごとを言うイメージ。
小鳥のさえずりって、仲間への語りかけであったり、自己主張だったり、
私などは、小鳥の声が大好きなので、なんだか嬉しくなっています。

つぶやきでは、返事も他の人へのコンタクトもとろうとは思えませんでしたが、
小鳥ならば、やかましいくらいにさえずりながら楽しんで良いと思えた。

超お久し振りな事があります。講座に出てくる事もそうなのですが、
筆マップ再デビューするって決めてこの講座に出てきたので、
楽しく筆マッピング出来たことでした。

ほとんど描いて無かった筆マップなので、どこまで描けるか?心配でした。
でも、講師の方がとても楽しげに講座を進めてくださったおかげで、
本当に楽しく筆マップを描く事が出来ました。

自分のプロフィールをより良く改善出来たら、フォローしちゃいます。
フォローは片思い、心の壁を取り払って、気持ちよくフォローしちゃいましょう♪
講師の方の言葉で、たくさんの方へのフォローも良いかも?って思いました。

プロフィールのワークもあり、
私のお茶らけなプロフフィールを発表させていただいたり・・・
とても楽しい時間でした。

あ、ちゃっかり、筆マップでツーショットシャメ撮っていただきました。
こんな感じで~す(^0^)

楽しいtwitter(ツイッター)タイムが始まりそうです~♪

■ 死ねばいいのに 帯に誘われて読んでみると・・・

アマゾンで見るのもいいかも~♪ 死ねばいいのに・・・

アマゾンで見るのもいいかも~♪ 死ねばいいのに・・・

おおよそ、こんな題名がついた本は今までは敬遠した。
ミステリーで有ろうと、ノンフィクションであろうと、
フィクションで有ろうと、ちょっと戴けない。

しかし、その帯に誘われて読んでしまう事となる。
6人の人に亡き人を尋ねる若者。しかし、話す事は自分たちの事ばかり
そう、人は、他人の事を話すときでも無意識の中自分の事を言う。

人は、自分の中にある言葉や感情、知識の中でいろいろ考え、
話をするのだから、当り前である。とはいえ、
人の事を見ていないのだろうか??と言われれば、少し違う。

人は、自分の中にあるもので有るものでしか、
人を表現できないだけで有る。

たとえば、数をやっといえる保育園児が、微分積分を見せられて
理解出来る事は「自分の知っている数字」だけであるように。
数字の大きさや記号などを理解する事が出来ないだけである。

さて、この本を読んでいると
たしかに・・・自分の事しか人は考えていないのだと思う。
自分の立場からしか表現できないみたいである。

その対比によって、より鮮やかに自分を浮かび上がらせる。
人と人は鏡となり、人を見せてくれるだとこんな所でも思う。

考えてみれば、「人の事」を言う時に「自分の価値観」を言っている。
それを知識としては知っていたが、本の中でそれを抉っているのが
何とも小気味よく可笑しかった。
なんだかんだと言いながら、
最後の5行を感じる為にこの一冊を読んでいた事をおかしく思う。

人は自分の価値観に無い物を恐れるだろう。
恐れ、おののき、そしてどの人々の行動は様々になるのだろうが・・・
目の前から消し去る事が「心の安定」安心につながるのだろう。

人によって、自分から距離を置いたり、攻撃的な行動で相手を押しだしたり
そんな風に見ていると、この本って、なんだか不思議な本であるのだが。
本の中で何を見、何を感じるかは、やはり自分の中にあるもので
決められるから、今の私の中で感じるものが全て自分なのだろう。

同じ本を違う人が読むと感想もそれぞれになる。
違う価値観を共有し、自分も大きくなりたいものだとふと感じた。

私は、違う価値観を学ぶために生かされているのだろうか?
そんな事を感じた本であった。

■ おとうと ぐすんと涙してみて、少し笑って、皆幸せだったねと思う。

おとうと

おとうと

とんでもない弟という振れ込みの映画を見に行く幸運を頂く。
さて、チケットの先は、文化会館。
駐車場の狭い場所だと知っているので、違う場所から歩く事になる。

想定内の出来事は、心に負担が無い。が・・・
予想外の会長の言葉等がある。そうだよね、文化的活動の一環だものね。
想定内の出来事の一つなのだろう。

不思議で面白い配役。端役で出てくる人たちのイキイキした表情が実に楽しい。
面白く、楽しく、重い雰囲気を払拭する。
ああ、だから、この人がいるのだろう。そう思って見ている。

本当にダメ人間だと心から思っているおとうとと、周囲の人。
このダメさをゆるやかに許していく姉。と言うより母かもしれない。

出来の悪い子ほどかわいいとはよく言ったのだと思う。

このおとうとの人生の最後を見ると、人の幸せってなんだろうって思う。
おとうとは、終始、幸せだったのかもしれないと思わず思ってしまう。
最後の場所では、自分らしく生きなおして、そして死んでいくのだから。

これを見た時に、マザーテレサの最後の家を思い出してしまう。
誰からも見放された決して助からない人の為に、
「生きなおす場所と時間」を彼女は与え続けた。

「助からないと分かっていて何故彼に手当をし、薬を与えるのですか?」
そう聞いた人々にテレサは、
「彼が人として生まれてきて良かったと感じ、
人として死んでいくために、私の出来ることすべてをしているだけです。」
そう答えた。

人として生まれた事に感謝し、人として生き、人として死ぬ。
そんな小さな事が出来ない人々が世界にはたくさんいるのだろう。
マザーテレだは、その中に自分の道を見つけ、それを貫き通して生きた人である。

彼女自身何も持っていないが、誰よりも豊かに持っていた人だろう。
そんな気がしてならない。
本当に愚直で素敵な人だったのだろうと思う。

ふと・・・自分の死の刻を考えてみた。

インディアン(自然と共に生きる人々)は、
生まれた時には、皆が笑って出迎え、おぎゃ~と泣いて生れ、
死ぬ時には皆が惜しんで悲しみ、自分は満足し笑って死ぬ。と言う。

そんな死をインディアンは普通に持っている。
そして、そんな死を与え続けてマザーテレサがいた。
このおとうとの死も同じであっただろう。

人は生きて、生かされて、そして生き終わる。
そんな終わりを感じる映画・・・

今一度、生き直そうという私に必要だと思って見せてくださったのだと
つくづく感じる映画でした。

■ 古典であり、現代であり、うつつであり、ゆめであり・・・・

あさきゆめみし

あさきゆめみし

「あさきゆめみし」を読ませていただく。
何故、今、この本なのだろう?と思いながら手に取り読む。

今無くなった時間を楽しむという情緒を眺めながら、
今なりにその一部をもっているのかもしれないと感じる。
ただ、時間のながれを自然の流れと一体化してみる事が難しいだけ。

光源氏のなんたるやを読むのだろうか?と初めは思っていたが、
どうも私の中では、そうでは無かったらしい。
恵まれた環境であっても、心の中に欠けたものを持つ悲しさがある。

さて、文学の面から見れば、本当にたくさんの人に読まれていた事が
本当にうなずける話である。この原作を書かれた方は私の若かりし?頃
からあるらしい。

今でも古さを感じないこの「あさきゆめみし」。
古典とは、私の人生でも決して古く枯れていくものでは無いのだと思う。
古典とは、枯れて尚、生き生きと感じられる鼓動を秘めている。

しかし・・・ギリシャ神話に至っても、いろいろな伝記にしても、
男女の営み、男女のたわごと、男女の契のあまり変わらない気がする。
とはいえ、それは、この年に至った私の感想であって・・・

今現在の若い人達の感じる所では無いのだろう。
光源氏物語を携帯小説で描き綴っている瀬戸内静寂さん。
彼女の半生もまた、激しく実直で有ったのだろう。

この新月を目前にこの本を読破すると言うあたり・・・
心の中の清算をほんの少しでもしたいと思っているのだろうか?
それとも、女性としての意識を全く失っている自分を少しは内省するのだろう?

いずれにしろ、激しさも苦しさも喜びも、かの在りし日の想い出となる。
今からでは、あの激しさの中では動けず、あの苦しさの中では朽ちはて、
あの喜びすら身に受ける事は大変な事だろうと感じている。

ゆっくりとゆっくりと紡いでいける事が出来るなら、それもまた・・・

この後は、マンガ版 源氏物語(上中下)でも読んでみようかな(^^)

■四角の可愛い黒猫メモにやりたい家事だけ描いて貼りました。

 
せっかくの満月、部分月食も厚い雲に阻まれて・・・
ちょっとばかりさみしかった私ですが、ちゃっかり「おさいふふりふり~」
だけは、きっちり終了しました。

そして、満月といえば、元気に手放す時期です。

なかなか手につかなかった家事。掃除も炊事も悲惨極まりない毎日では
あるのですが、まあ、体力の有り余る時にしようと思うと、難しいと分かった。

でも、出来ていない自分も容認して、次のステップに進む。
家事を黒猫メモに描く。
それを、コルクボードに張ってピンクの花○をつけましょう~♪

幾つのピンク花○が出来るかは、幾つの家事を描くかできまる。
出来ない事まで描きたくはないけれど、たくさん花○があると嬉しい。
そこで、思いつく事をすべて描く事にする。

幾つの家事猫メモが出来るかしら?楽しみです。
もちろん、メモは、筆ペンで書いています。
実は、この筆ペン、結構さまになる文字が書けるんです。

そこで、39個(さんきゅ~)描きあげて考えてみます。
最後の一枚は、「神棚の掃除、榊の水やり」でした。
細かく、細かく描いてあります。

台所が半数を占めるというくらい、台所にはいろいろなものがあるみたいです。
と言う事で、その日のうちに約半数はクリアしました。

問題は、違う事をしてしまうので・・・
40個近くの家事はこなしているのだけれど、花○は20個くらいで終了。
まあ、そのうちやりたくなるかも???と、そのまま張っておきましょう。

やり残しの家事を毎日見ていると、どんな心の変化がでてくるかしら?
結構楽しみです。
・・・・って、人ごとみたいな私でした。