「2010年2月13日」のアーカイブ

「50歳になったからネーティブになる!」と思う事だけは自由である。

 

ダメダメモード炸裂の週末を経て、今日は2月初めての休日。
無理をせずに、週に一度は休みを取るべきかもしれなと思いながら一日を過ごす。

とおもいきや・・・・・
図書館で借りきた本に手が伸びる。
その中に知人から借りてきた本があった。

怖いくらい通じるカタカナ英語の法則 (ブルーバックス) (新書) 池谷 裕二 (著)

怖いくらい通じるカタカナ英語の法則 (ブルーバックス) (新書) 池谷 裕二 (著)

「カタカナで英会話する」式の本である。
しかも、著者との面識があり、なんとも親しみが何重にも湧く本である。
「50歳になったからネーティブになる!」

 

 俗に言う、ネーティブ・スピーカーになりたいのだ。

こんなびっくりする妄想が私の頭の中にある。
素敵な50歳になったのだから、普通にアメリカで会話している自分がいると信じ込んでいる。
学校時代、赤点満載の英語。大人になっても「happy」すら読めない私がいたにも関わらず。

それなのに、「英語を勉強する」ではなく、「ネーティブ」が私は良いらしい。
日本語なまりの英語でも良いけれど、通じる英語は「日本人の英会話が出来る」とは違う気がした。

脳科学の本を読むと、英語は、言語脳の日本語の上に作るべきではなく、
単独に英語脳を作るべきだと書いている。
その過程も、赤ちゃんから日本語を獲得していく過程と同じようにすれば良いらしい。
そんな中、手にした本「英語をカタカナで話そう」では、
日本人の苦手な発音は、耳馴染みのない音であり、聞き取る必要のない学習しない音だと分かった。
見えないものは描けないし、聞かない音は話せないのである。

体系的にそういった事を見ていくうちに、なんだか今まで英語が出来なくて得をした気分になる。
私は、今の今まで、真面目に学生時代英語に取り組まなかったから、まともに英単語も読めない。
だからこそ、今から「正しい発音の英単語」「ネーティブ英会話」へ違和感なく行けるのだと思う。
前に、何も知識が無いのだから、悪癖が一つも無いという素晴らしい状態である。
まさに、英語まっさらの私は、「good morning」
ぐっともーにんぐは、「ぐ・もーねん」とするっと入ってくる。
私が学生時代勉強熱心だとしたら、この発音の矯正は結構大変な作業を要するに違いないから。
ふと、今まで勉強しなかった事が本当に素晴らしいような気がしてくるから不思議である。
ただ、やらないのではなく、自分が選んで、すべき時を選択しているのかもしれない。

もしかしたら、人生って必要と思うまで、必要の無いことをしないで済む事を選択出来れば
とても楽なんだろうな・・・実際には、必要無いことも学ぶ事が本当に多い気もするけれど。

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2010年02月13日 | コメントは受け付けていません。 | トラックバックURL |

カテゴリ: ネーティブ 楽学